174回芥川賞受賞作。
第47回野間文芸新人賞受賞作。
ひとつの家が設計され建設されていく様子、そしてそこに住んだ3代の住人と、最後にその家をスケッチに来た青年。
家の間取りや傷、壁などを通して、それぞれの時代の住人たちの記憶や思いが浮かび上がる、不思議な感覚の本だった。
とにかく静かで、少し悲しく切なくて、心に余裕のある時にゆっくりと読みたいような本。
だけど、心のひだにひっかかるような言葉が随所に出てくる。
読み返すたびに、その心のひだにひっかかる部分は変わってきたり、違う印象を持ちそうな作品。
登場人物の一人、緑の、簿記や数学の問題文に対して、想像を巡らせるところが好きだった。
簿記の試験は小学校や中学校のときに習う文章問題に比べると味気ないものだったが、それでも所得税や源泉徴収、社会保険料といった言葉と金額の向こう側に従業員の苦労の表情が浮かんできた。問題の中に出てくる不要になった備品のやけに高い価格に、一体どんなものを買いなぜそれが不要になってしまったのかを想像せずにはいられなかった。せっせと営みを続ける彼らのために自分はきちんと正しい数値を導き出さねばと思うのだった。
恋人を作らなくても、子供を作らなくても、ある程度理解ある人に囲まれてしまった今の自分は誰に咎められるでもなく、肯定されるでもないが否定もされずに、多様性社会に散らばっている余白の穴にすっぽりとはまってしまったようだった。はまってしまったことも否定されずに梯子のない余白の穴の中で、自分は一体何に縋って生きてゆくのだろうか。
「時々会うくらいの人にもう会えないっていうことをほんまに理解するのって大人でも難しいもんやんな。そもそも死んでしまったことと長く会えないことって、どう違うんんやろ」
青年は自分が歩んできた時間そのものを思い返していた。自分はこれまでの時間の中で何かに目を凝らし、細部に思いを寄せ、掬い上げようとしたことがあっただろうか。いつだって遠目に見て、そのままに判断し、置き去りにしてきたのではないだろうか。木は木としてしか見ておらず、どんな木目を纏い、どれくらい長く日に焼かれ、どれほどの傷をその身に刻んでいるか、知ろうとしたことがあっただろうか。
やけにのっぺりとした自らの人生を思い返していた。とっかかりのない平坦で無機質な道。自分はただ拾ってこなかっただけなのかもしれなかった。一つひとつに目を凝らさずに、むしろ目を背けるみたいにして生きてきた。
自分は一体これまでにどれほどのものを掬い損ねてきたんだろうか。


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